福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)612号 判決 1972年10月30日
控訴人兼付帯被控訴人
橋口秋芳
控訴人
八重子こと
橋口ヤエ子
右代理人
小泉幸雄
右復代理人
林健一郎
被控訴人兼付帯控訴人
内田運輸株式会社
右代理人
山本郁夫
主文
控訴人橋口秋芳、同橋口ヤエ子の本件控訴をいずれも棄却する。
付帯控訴により原判決中付帯控訴人敗訴の部分を取り消す。
付帯被控訴人の請求を棄却する。
控訴人橋口秋芳と被控訴人との間の訴訟費用は第一、二審(付帯控訴分を含む)とも同控訴人の負担とし、控訴人橋口ヤエ子の控訴費用は同控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一訴外番場が昭和四一年七月三〇日午前三時五〇分ごろ、控訴人秋芳の同乗する大型貨物自動車(福岡い一四五八号。以下本件自動車という。)を運転し、北九州市八幡区西通町二丁目先の道路を福岡市方面から徳山市方面に向つて進行中、本件自動車を前記道路上の電柱に激突させて、控訴人秋芳に対し同控訴人主張のとおりの傷害を負わせたことおよび、被控訴会社が本件自動車を所有し、本件事故当時本件自動車を自己のため運行の用に供していたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二被控訴会社は、控訴人秋芳は本件事故当時本件自動車の運転者の職責を負うていた者であるから、自賠法三条にいう「他人」に該当せず、従つて、被控訴会社は控訴人秋芳について生じた損害を賠償する義務はないと主張するので検討する。
業務命令により自ら自動車を運転すべき職責を有する運転者がその自動車の運行中に生じた事故により自ら負傷した場合は、同人が現実に運転していなかつた間の事故であつても、特段の事情のないかぎりは、当時右自動車の運転者であつたと解すべきであり、自賠法三条にいう他人に該当しないものというべきである。(最高裁昭和四三年(オ)第一一五九号、昭和四四年三月二八日判決参照。)これを本件についてみるに、<証拠>を総合すると、
(一) 本件自動車は積載量八、〇〇〇キログラムの特定大型貨物自動車であつて、当時の道路交通法(昭和四二年法律第一二六号による改正前のもの)の規定により、第一種大型免許を受けた者で、運転経験が二年以上の者でなければ運転することのできない車種であつた。
(二) 事故当時、本件自動車を運転していた訴外番場三千男(昭和一八年一月一九日生)は、昭和四〇年六月四日普通一種、同年七月二六日大型一種の各免許をいずれも福島県公安委員会から受け、その後普通貨物等の運転に従事していたか、本件事故当時は、経験不足のため、特定大型に属する本件自動車の運転資格を有していなかつた。
(三) 訴外番場は、本件事故のわずか半月前である昭和四一年七月一二日被控訴会社に普通貨物の運転手兼特定大型貨物の助手として雇傭され、被控訴会社の業務に従事していた者で、控訴人秋芳と組んでこれまで数回しか貨物自動車に乗務したことがなかつた。
(四) 本件事故前日、控訴人秋芳は被控訴会社から特定大型貨物自動車である本件自動車を運転し、訴外番場を助手として同乗させて、福岡市から山口県徳山市にいたり、引きかえして熊本市まで運転することを命ぜられ、当日午前二時半すぎ、被控訴会社営業所を出発し、福岡市箱崎附近まで自ら運転したが、交替して運転することを希望した訴外番場の申出を入れて、同所からは同人に本件自動車を運転させて、自己は運転席横のベッドで仮眠した。
(五) 訴外番場は、控訴人秋芳と交替して本件自動車を運転し国道三号線を東進し、同日午前三時五〇分ごろ事故現場にさしかかつた折眠気を催し、前方注視が困難な状態のまま運転を続行した結果、運転をあやまり、左側歩道上の電柱に自車前部左側車体を激突させ、その衝撃により控訴人秋芳に重傷を負わせた。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。さらに、前記乙第五号証中の訴外番場三千男の供述記載によれば、控訴人秋芳は同訴外人に対し、夜間は警察の取締はないからとの理由で本件自動車の運転を命じた事実が認められ右の事実によれば、控訴人秋芳は本件自動車に訴外番場とともに乗務した当初から同人は経験不足のため道路交通法上本件自動車の運転資格を有していないことを知つていたことが推認される。そうすると、右認定の事実関係のもとにおいては、控訴人秋芳は訴外番場に本件自動車を運転させてはならなかつたのであり、ほしいままに運転業務を放棄していた同控訴人は本件事故の際現実に運転行為をしていなかつたにしても、自ら自動車を運転すべき職責を有していた者として自賠法三条にいう「他人」に該当しないものであり、被控訴会社は控訴人秋芳の負傷により同人または同人の妻控訴人ヤエ子に生じた損害につき自賠法による賠償責任を負わないものというべきである。
三以上によると、控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であつて、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、原判決中控訴人秋芳の請求を認容した部分は失当であるから付帯控訴に基づいてこれを取り消し控訴人秋芳の請求を棄却することとする。
よつて、訴訟費用の負担について、民訴法九五条、九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(入江啓七郎 塩田畯一 境野剛)